お金と日本人
天体写真の世界からずれますが、いつも感じるお金と日本人の話題です。 バブル経済が弾けてから「不景気で百貨店の収益が落ちている」という言葉を何度も聞きました。 しかし実際に店舗に行くと、服飾コーナーはいつも混雑しています。「いったいどうなったら、この国は 満足するのだろう」と自分に問いかけ続けています。
高学歴、高収入、キャリアアップ転職、そんな言葉がメディアで踊っています。 しかし、お金さえあれば本当に幸せになるのでしょうか。お金を稼いだ後に社会を見渡せば、豪華 な家、ブランドの服、高級車、と企業の広告が渦巻く日本の社会です。
私達日本人は、企業が考え出した優雅な暮らしというものの中で行動しているうちに、人間として 幸せに暮らす道を見失ってしまったのではないでしょうか。あなたは自分の意志で日本の社会を歩んでいる でしょうか。
追い立てられる日本人
私達日本人は、何かに追い立てられるように日々を過ごしています。 「新しい環境によい車が発売されたから買わなければ。」「隣の家がリフォームしたから我が家もしなければ」と 自分の信条とは関係なく、広告などの外乱によって自分の意志を決定しているように感じます。
日本人が世界で一番お金を使うと言われる、結婚式に焦点を当ててみましょう。
結婚式を行うときあなたはどうするでしょう。普通は結婚情報誌を買うでしょう。結婚情報誌には、チャペル 結婚式からガーデンウェディングまで、あらゆる種類の結婚式のプランが載せられています。 どれもが二百万円以上はするプランです。しかしあなたはその中から選ぶはずです。
親も「結婚式ぐらい立派に行え」と言って補助してくれるでしょう。しかしそうした結婚式は一瞬で終わります。 その一瞬に数百万円という大金をつぎ込むのです。 果たして、これで人生の門出を祝ったことになるのでしょうか。ただ単にウェディングコーディネーターの 宣伝文句に踊らされただけではないのでしょうか。
確かに宣伝文句のように、結婚式ではあなたは主役になれます。結婚式の間は皆の視線を集めるのです。 しかしそれは一瞬のことで、結婚式が終わると共に終わることです。人間として本来欲しいのは、これからの人生を 末永く幸せに送ることではないのでしょうか。こんな一瞬のことに、企業の広告に踊らされて大金をつぎ込んでよ いものでしょうか。
現代社会は情報化社会です。それをいいことに企業は広告を滝のように流します。その中で私達は息つぎも できずに泳いでいるのです。日本の社会は、そうした企業の広告と、欲望に踊らされた人間が渦巻いた社会に 見えます。
企業と日本人
「経済成長なくして日本の社会の未来はない。」何度も聞かされた言葉です。国や自治体はこのスローガンを元に、 国民生活を犠牲にして企業活動を支援・救済しています。しかしこれで日本は本当に幸せになれたのでしょうか。
まずあなたはお金がいくらあれば幸せになれるでしょう。1,000万円の貯金があれば幸せですか?宝くじで1億円当たれば、 あなたは満足するでしょうか。きっと今の日本人は、そんなものでは幸せになれないと思います。 いくらお金があっても、際限のない物欲にさいなまされて、「いつお金がつきてしまうか」ということばかり気になるの ではないでしょうか。
こうしたことは、定年退職後の日本人にも当てはまります。60歳を迎えて晴れて企業を定年します。 定年した後はバラ色でしょうか。全く違います。この貯金で老後どうやって暮らしていくか、それを気にして生き続けることに なります。新聞やポータルサイトには、老後の人生設計という広告が所狭しと載っています。こうした窓口に相談に行き、 お金を支払って少しばかりの安心を得て、誰にも迷惑がかからないように静かに過ごしていくのです。
私達日本人は住む住居があり、貯金があっても「これでいいのだろうか?」という気持ちに悩まされながら 生きています。経済的に成熟した社会で暮らしているのに、一人一人は精神的苦痛を感じながら生きているのです。 これが日本社会が盲目的に企業活動を優先し続けた結果だと思います。
外国人と日本人
いろいろな国に住む天文ファンの友人と話していると、彼らの考え方の違いに驚かされます。 そんなとき、自分はまだまだ子供だなと感じます。もちろん彼らの意見がすべて正しいというわけではありませんが、個というものを 強く感じます。
日本人なら同世代ならたいていは同じような考え方を持っています。消費傾向調査でも示されていますが、同じものを欲しがり、 同じことをしたがります。それが安心にも繋がっているので悪いとは言えませんが、それが私達を遠回しに苦しめている原因かも しれません。
私達日本人は、「人と違うことをするのが恥ずかしい。」「人に迷惑をかけるのではないか」と考えがちです。もし、自分の子供が 独創的なことをしようとしても「恥ずかしいから止めなさい」と止めるのではないでしょうか。個よりも世間体を強く気にするのです。 そうした中では個人は成長していきません。お金のところにも書きましたが、「これでよいのだろうか?」「これだけお金があれば 安心だろうか」といつも他と比べながら生きることになります。
外国人にそういうことを話してもなかなか理解してもらえません。彼らは「その人がそう考えるならそうすればいい」と考える ようです。そうした社会では、自分が満足できればそれでよいという雰囲気が漂っています。 ですから、彼らは自分の仕事に誇りと自信を持って取り組んでいけます。
日本社会を壊す企業
私は宝塚市に住んでいます。宝塚市は大阪のベッドタウンとして、急速に高層住宅が増えています。マンションが次々と建てられ、 景観ががらっと変わってしまいました。宝塚市は文化と美しい町並みをスローガンに掲げていますが、全く美しくない雑然とした 街に変わってしまっています。
これは企業活動優先で施策を続けてきた結果です。企業は利潤を優先しますから、街の全体の景観など知ったことでは ありません。儲けが出るところに投資し、マンションを建てて、そして去っていくのです。 マンションを売った後はお役ご免です。マンションが売れた後の景観なんて企業には全く関係ないのです。 次の場所を探して同じことをするだけです。これは稲を食い荒らしていくイナゴの大群に似ています。
こんなことを言うと、あなたも経済の恩恵を受けてきたからこうしていられるのだろうと反論されるかもしれません。 仰るとおりです。私もこうした社会の一員であるわけです。しかしそろそろ考えを改める時ではないでしょうか。 個人個人がこうした企業の宣伝に惑わされることがなくなれば、社会は健全に発展するのではないでしょうか。
実際、経済が発展しているドイツやイギリスのヨーロッパ諸国を見渡してみると、高度な経済が発展しているにも関わらず、 町並みは美しく保たれています。文化と経済が融合しているのです。 それに比べて日本の街は、どこにいっても同じような町並みが広がり、全く美しくありません。 これでは住んでいる私達がかわいそうです。いくらオシャレで高級なブランド製品を買っても、アロマセラピーをしても、街がこ れでは心が安まらないでしょう。そうしたことを少しずつ考えていける社会になって欲しいと思います。