追尾に必要な精度と赤道儀
星を追尾撮影している間にも、赤道儀の回転には若干のズレ(誤差)が生じてきます。 このズレが一定以上になった場合には、ズレはデジタルカメラの画像上で星の流れとして写ってしまいます。
焦点距離が短いレンズを使用した場合は拡大率が低いため、ズレの許容範囲は大きくなりますが、 望遠レンズを使う場合には注意が必要です。 このページでは、そのズレ(ガイドエラー)の許容値と共に、追尾がずれる原因と対策を少し掘り下げて考察しています。
ガイドエラーの許容範囲
追尾撮影やガイド撮影時のズレの許容範囲は、一般的に角度の秒(")で表されます。 この角度が大きいほどズレの許容値が大く、多少追尾に問題があっても星を点像に写し留めることができます。
星が見かけ上流れずに写るガイドエラーの許容範囲は、使用するレンズや天体望遠鏡の焦点距離によって異なります。 ガイドエラーの考え方としては以下の図の通りで、最大の許容範囲は以下の式で求められます。
式中の"f"は使用する光学系の焦点距離、"y"はデジタル一眼レフカメラの撮像素子上で許容できる最大のズレ量です。 そして"α"が、光学系全体のズレの許容角度となります。 なお、ここでは「y=10μm(0.01mm)」として計算しています。
下の表は、この計算式を用いて焦点距離ごとのガイドエラーの許容範囲をまとめたものです。 まず、天体撮影によく使用される24ミリから400ミリのカメラレンズの場合は次の表の通りです。
焦点距離 | 24mm | 50mm | 100mm | 200mm | 300mm | 400mm |
---|---|---|---|---|---|---|
許容誤差(秒) | 86" | 41" | 21" | 10" | 6.9" | 5.2" |
次に、天体望遠鏡を使った直焦点撮影で使用される500ミリから3,000ミリの焦点距離では、 ガイドエラーの許容範囲は以下の表になります。
焦点距離 | 500mm | 800mm | 1000mm | 1500mm | 2000mm | 3000mm |
---|---|---|---|---|---|---|
許容誤差(秒) | 4.1" | 2.6" | 2.1" | 1.4" | 1.0" | 0.7" |
※高画素のデジタルカメラには、一画素が5μm程度のセンサーが用いられていますが、 ローパスフィルターやRGBフィルターで分解能が低下するため10μmを基準にしています。
※銀塩フィルムでの撮影の場合には、フィルム上の分解限度は30μm前後と考えられますので、 上記の表より数倍緩く考えてよいでしょう。
高画素のデジタル一眼レフカメラの解像度は高いので、写真に写る星を完全に真円に保つのは、 なかなか厳しいことがわかります。 しかし実際の撮影では、大気の気流の影響などで星像が膨らんで写ることが多々あるため、 そこまで厳密に考えなくてもよいかもしれません。
赤道儀の追尾精度
赤道儀の追尾精度は、機種によって大きなばらつきがあります。 追尾精度は、ピリオディックモーションの大きさで表されるのが一般的で、 この値が小さいほど精度が良い赤道儀ということになります。
ピリオディックモーションは、ピリオディックエラーとも呼ばれているとおり、赤道儀が回転する際に生じる進み遅れのエラーの量です。 赤道儀には多数のギアが使用されているため、このギアの加工精度や組み立て誤差により、多かれ少なかれ回転に誤差が生じます。 この回転のムラの範囲を角度の秒で表したのが、ピリオディックモーションです。
市販されている中型赤道儀のピリオディックモーションは±15秒前後が一般的で、赤道儀が大型になるほど少なくなります。 希にピリオディックモーションが数秒という高精度な製品もありますが、±10秒以内であれば優秀な赤道儀と考えられるでしょう。 中には、ピリオディックモーション補正システム(PEC補正)と呼ばれる機能を搭載し、これを電子的に補正する機種もあります。
ピリオディックモーションの値は、プラスマイナス(±)で表されます。 振動の振幅の中心をゼロと取り、そこからプラスとマイナス側にどれだけ振れたかを表します。 例えば±15秒の赤道儀なら、全体として30秒の振れ幅があることになります。
ピリオディックモーションの測定方法
ピリオディックモーションの測定方法にはいろいろありますが、 極軸をずらして恒星を撮影してみるのが手軽な方法、かつ得られる値も正確です。 以下にその測定方法を紹介します。
@赤道儀の極軸を合わせてセッティングします。
A赤道儀の方位を東か西に30分角程度ずらして固定します。このとき、高度はそのままにしておきます。
B南中前後の星を望遠鏡の視野に入れます。
C赤道儀のモーターの電源が入っていることを確認し、デジカメでその星を撮影します。
Dウォームが2回転する程度の露出時間をかけます。
E数回繰り返して撮影します。
F最後に離隔のはっきりした二重星を撮影し、ピリオディックモーション測定のためのスケールにします。
G二重星の間隔とピリオディックモーションの比をとって、角度を求めます(下図参照)。
ピリオディックモーション測定の際、明るい星を選ぶと、 星がにじんで測定できなくなりますので、暗い星を選びましょう。 また、望遠鏡の焦点距離が短いと拡大率が低すぎて測定が難しくなりますので、 なるべく焦点距離の長い望遠鏡を用いるようにします。
ピリオディックモーションからわかること
撮影したピリオディックモーションの軌跡からは、進み遅れのエラー量だけでなく、 赤道儀のモーターやギアの状態もある程度推測できます。
ピリオディックモーションの軌跡は、赤道儀によって異なっています。 軌跡が滑らかな曲線を描く場合は、ウォームの偏心が原因でピリオディックモーションが発生している可能性があります。 一方、軌跡がギザギザの場合は、ウォームの歯の滑らかさが不足していることが原因だと考えられます。
また、上図(イメージ)のように一箇所だけ大きく軌跡が飛び出している場合は、ウォームホイルの歯面に傷があるのかもしれません。 ウォームホイルにこのような傷があると、通常はなめらかに回転していますが、 この部分にウォームが当たると突然赤経方向に星が流れます。 天体写真で原因不明の流れが時折起こる場合は、このような傷によるものかもしれません。
ウォームとウォームホイルは異なる材質の金属で作られるのが一般的です。 ウォームが鉄などの固い金属で作られる一方、ウォームホイルは真鍮などの比較的柔らかい金属で作られる場合が多いので、 大きな力が加わるとウォームホイルに傷が生じる場合があります。 こうした点を考えると、赤道儀はできるだけ丁寧に扱った方がよいでしょう。
ピリオディックモーションの改善方法
ピリオディックモーションの測定結果に不満がある場合、このエラー量を少なくしたいと思うかもしれません。 しかし、基本的には精度不良の部品を交換するしか、赤道儀の精度を大幅に向上させる方法はありません。 精度の良くない部品をいくらユーザーが調整しても、結果的にはあまり変わらないと思います。
部品交換に頼らずにピリオディックモーションを向上させる方法として一般的なのは、 ウォームとウーォムホイルを馴染み回転させることです。 これは「エイジング」とも呼ばれ、赤経軸を何度も回転させることにより、ウォームギアの歯面を滑らかにし、 ピリオディックモーションの量を少なくしようという試みです。 ピリオディックモーションの軌跡がギザギザの場合に、特に効果的な改善方法です。
エイジングを行う際には、望遠鏡やバランスウェイトを付けた状態で行うの方がよいでしょう。 通常に使用している状態で、なみじ運転を行うわけです。 なじみ回転の効果が現れるのは、少なくともウォームホイルが50回転ほど回転してからです。 ギアのかみ合わせの具合によっては悪影響が出る可能性もあるので、ギアのかみ合わせの状態を確認しながら行う方がよさそうです。 また、高速回転よりも、恒星時の数十倍程度の速度にとどめておく方がよいと思います。
ウォームとウォームホイルの理想的なかみ合わせは、ガタがなく、かつウォーム軸を手でスムーズに回せるぐらいと言われています。 数値としては700g/cm〜1000g/cm程度が、 市販されている赤道儀のウォーム軸の回転トルクとして相応しいとされています(SkyWatcherの資料「テレスコープセミナー」より)。
最近の赤道儀には、ウォームギアのかみ合わせ調整ネジが省かれていることが多く、 この調整をユーザー側で行うことは難しくなっています。 しかし、ウォームギアのかみ合わせが強すぎるためにピリオディックモーションが大きくなっている場合も見受けられますので、 そのような場合はメーカー点検に出してみてはいかがでしょうか。
ウォームの周期と露出時間
ピリオディックモーションの動きをグラフで擬似的に表すと、おおよそ下のようなサインカーブを描きます。 ゼロ点を中心にして、プラスからマイナス方向へとずれています。
1周期の長さは、赤道儀に使用されているウォームホイルの歯数で決まります。 赤道儀に良く使用されている歯数144枚のウォームホイルの場合は、1周期は10分となります。
つまり、デジタル一眼レフカメラで露出時間10分で星空を撮影した場合、 この1周期分のエラーが撮影画像上に表れることになります。
ここで、露出時間を半分の5分にして、ピリオディックモーションの開始時点から撮影した場合には、 半周期分の影響しか受けませんので、撮影の成功率が上がります。 3分、2分と短くするほどエラーの影響は少なくなり、デジタル一眼レフカメラのISO感度を上げて、 速いシャッター速度で撮影するほど有利になります。
一般的に、ウォームホイルの直径が大きくなるにつれ歯数は増え、ピリオディックモーションは小さくなります。 一方、歯数が増えると周期は短くなり、短い露出時間でも一周期分のピリオディックモーションの影響を受けることになります。 下の表は、一般的に使われているウォームホイルの歯数とそれに対応する1周期の時間です。 歯数が増えるほど1周期の時間が短くなるのがわかります。
ウォームホイルの歯数 | 40枚 | 72枚 | 144枚 | 180枚 | 244枚 | 360枚 |
---|---|---|---|---|---|---|
1周期の長さ(分) | 36分 | 20分 | 10分 | 8分 | 6分 | 4分 |
赤道儀に使われているウォームホイルの歯数を40枚まで減らせば、ピリオディックモーションの周期は36分となります。 高感度に強いデジタル一眼レフカメラを使えば、数分の露出時間で星空を捕らえることができますので、 ピリオディックモーションのごく一部の影響しか受けません。 歯数が少ないほど全体のピリオディックモーションは大きくなりますが、 以上の利点を活用したポータブル赤道儀も発売されています。
極軸の設置誤差
星が流れて写るその他の原因として、極軸のセッティング誤差があります。 赤道儀の回転軸が天の北極に正確に向いていないと、カメラは星の動きと異なる方向に動くので、 時間の経過と共にズレが生じ、星が線になって写ってしまいます。
この極軸の設置誤差を防ぐには、赤道儀の回転軸を正確に天の北極に向けることが必要です。 最近の赤道儀には極軸望遠鏡が内蔵され、北極星を目安にして極軸を合わせることができるようになっています。
広角レンズでの撮影を前提に作られたポータブル赤道儀には、 極軸の方向の目安としてのぞき穴(素通し穴)が空いています。 この場合は、こののぞき穴を使って、赤道儀の回転軸をおおよそ天の北極へと向けます。
ここで気になるのは、極軸の設置誤差が撮影画像にどのくらい影響を及ぼすかという点です。 「西條善弘著 デジタル天体写真のための天体望遠鏡ガイド」のデーターを参考に、 どの程度の設置精度が必要か考えてみましょう。
なお、極軸のズレの影響は、撮影する天体の位置によって異なってきます。 赤緯が大きい(北極星に近い)ほど極軸のズレの影響は受けにくく、 天の赤道付近では星の移動量が大きいため、ズレの影響を大きく受けます。
下の表は、極軸の設置誤差が7度から1分までの場合、使用しているレンズの焦点距離によって、 4分間に最大でどのくらいずれてしまうかを示したものです。 ズレの量は「μm」で表しています。
設置誤差→ 焦点距離↓ |
7度 | 3度 | 41分 | 10分 | 3分 | 1分 |
---|---|---|---|---|---|---|
24mm | 51μm | 22μm | 5μm | 1μm | 0μm | 0μm |
35mm | 75μm | 32μm | 7μm | 2μm | 1μm | 0μm |
50mm | 107μm | 46μm | 10μm | 3μm | 1μm | 0μm |
100mm | 213μm | 91μm | 21μm | 6μm | 2μm | 1μm |
200mm | 426μm | 183μm | 42μm | 10μm | 3μm | 1μm |
300mm | 640μm | 274μm | 62μm | 15μm | 5μm | 2μm |
参考:「デジタル天体写真のための天体望遠鏡ガイド」
このデーターを見ると、50mm程度の標準レンズでの撮影時に、10μm以内の誤差に抑えようとすると、 極軸のセッティング誤差を41分以内(0.68度以内)に押さえる必要があります。 4分の露出でこれだけの精度が必要になるので、10分の露出でこの基準内に収めようと思えば、 より正確に天の北極に向ける必要があります。
スケールパターンが入った極軸望遠鏡を使えば、数分以内の設置誤差に収めることができますが、 のぞき穴は8度〜9度の視界があるため、1度以内の誤差に極軸を合わせるのは容易ではありません。
ズレが10μm以内という判断基準を甘くすれば許容範囲も大きくなりますが、 デジタル画像はパソコン上で容易に拡大できるので、星の流れが気になりやすいものです。
北極星の位置
ここで北極星の位置を再確認しておきましょう。 赤道儀の回転軸を正確に天の北極に向ける際には、北極星を指標としますが、 この北極星も天の北極からはわずかにずれています。
画像は天の北極付近を写した写真です。 写真右下の明るい星が北極星ですが、視野中心の天の北極の周りを日周運動しているのがわかります。 この天の北極からのズレの量はおよそ41分です。 赤道儀の回転軸を正確に天の北極に合わせようと思えば、この41分の誤差も考えて北極星を視野に導入する必要があります。
極軸望遠鏡には、極軸を合わせるためのスケールパターンが描かれていて、 場所と日付と時間を合わせることで、正確に赤道儀の回転軸を天の北極に向けることが出来ます。 望遠レンズでの撮影を想定しているなら、極軸望遠鏡を使った方がよさそうです。
どこまでの精度が必要か
ここまではパソコンでピクセル等倍してもわからない程度のズレを許容範囲としてきましたが、 そもそもこれだけの精度が必要なのでしょうか。 星空の写真を一般的なA4サイズの写真用紙にプリントした場合を考えてみましょう。
まず人間の眼の能力は視力で表されますが、視力1.0とは角度にして1分の物体を分解できる能力です。 一般の視力検査では、所定の隙間が開けられたランドルト環が用いられています。 視力1の場合は、「5m離れたところから1.45mmの隙間を持つランドルト環を判別できる能力」とされています。
ここで、この視力1の人が、プリントから50センチ離れてA4サイズの写真を見たときを考えてみます。 距離が50センチと短くなるので、眼が分解できる最も小さな隙間は約0.145mmと考えられます。
APS-Cサイズのデジタル一眼レフカメラの画像をA4サイズの写真用紙にプリントした場合、 A4プリントへのプリント倍率は約13倍になります。 この時、A4プリント上での0.145mmのズレは、センサー上では約0.011mm(11μm)となります。 撮影カメラが35ミリフルサイズの場合はプリント拡大率が約8倍に下がりますので、 センサー上のズレは、約18μmとなります。
カメラの種類 | APS-Cデジカメ | 35ミリフルサイズ |
---|---|---|
ズレの許容範囲 | 約11μm | 約18μm |
※A4サイズのプリントを視力が1の人が50センチ離れて見たときに判別できるズレから計算したおおよその値
こうして考えると、フルサイズのカメラを使用した場合は若干緩くなりますが、 許容できるズレの範囲が10μm前後というのは、あながち厳しすぎる値ではないようです。 ただ実際は、僅かな星のズレは目立たないことも多いので、少し甘めに考えても良いかもしれません。
まとめ
これまでの考察の結果から、デジタル一眼レフカメラは解像度が高いので、 僅かなズレにも敏感であることがわかりました。 高感度なデジタルカメラは撮影時間が短いため、追尾エラーや設定誤差の影響を受けにくい面はありますが、 厳密に考えると厳しい値であることがわかります。
広角レンズならいざ知らず、長時間の撮影で星を真円に保とうと思うなら、 極軸望遠鏡を使って極軸を正確に合わせて、正確に星を追尾する赤道儀を使うことが必要でしょう。 超望遠レンズや天体望遠鏡での撮影になれば、赤道儀の自動追尾では追いつかず、 追尾状況を監視するオートガイド装置が必要になることも見て取れます。