南半球での極軸合わせの方法
北半球に住む天文ファンにとって、オーストラリアやニュージーランドで見上げる南天の星空は憧れの対象です。 しかし、「南半球で天体撮影を」と海外撮影旅行を計画しても、 天の南極付近には北極星のように目印になる明るい星がないため、赤道儀の極軸合わせが心配です。
南半球での極軸合わせには、北極星の代わりとして、はちぶんぎ座の星の並びがよく用いられますが、 これらの星は暗く、初めての南天撮影では戸惑うことも少なくありません。 そこで、このページでは、南半球での極軸合わせの方法について、南天の写真を使用ながら説明しています。
南半球での星の動き方
北半球では天の北極(北極星のすぐ側)を中心にして、星々は反時計回りに回っているように見えます。 一方、南半球(オーストラリアやニュージランド等)で星空を見上げると、 星々は、天の南極を中心にして時計回りに回っているように見えます。
私が南半球で星の動きを初めて見たときは、まるで地球が逆に回転しているかのように感じました。 日本では、太陽が南中する南方向を向いたとき、太陽は自分の左側から昇って、右側に沈みます。 一方、ニュージーランドで太陽が南中する北側を向くと、太陽は右から昇って左へと動いて行き、 なんとも不思議な感覚に襲われました。
しかし、これは観察している方向を考えれば、ごく自然のことです。 地軸を中心にして回転する地球を想像してみてみましょう。 北極に立った時、地球が左回りに回転していれば、南極に立てば、右回りに地球が回転しているように感じるはずです。 星を観測する場所が変わっただけで、地球の回転方向は別に変わってはいません。
天の南極の位置
天の南極は、はちぶんぎ座という星座の中に存在しています。 はちぶんぎ座は天文学者のラカイユが設定した星座で、 天体の離隔や高度を測定するために用いられた航海用の測定具「八分儀」から名付けられています。
天の南極を探すには、このはちぶんぎ座が目印になるはずですが、 はちぶんぎ座は、4等級以下の暗い星ばかりで構成されているため、目立ちません。 日本から南半球に初めて星空撮影に行く方が、この星座を探すのはなかなか難しいと思います。
天の南極のおおよその位置を知るには、南十字星の名前で知られるみなみじゅうじ座を利用するのが便利です。 みなみじゅうじ座は明るい星で構成されているので、夜空の明るい場所でも簡単に見つけることができます。 みなみじゅうじ座の長い辺を、南方向におよそ4.5倍伸ばしたところに、 天の南極があると覚えておくとよいでしょう(下図参照)。
※みなみじゅうじ座の探し方は、南十字星の見つけ方ページをご覧下さい。
南半球での正確な極軸合わせ
ポータブル赤道儀を使って、広角レンズで星空撮影を行う場合なら、 みなみじゅうじ座を使った極軸合わせでも、星が流れることなく撮影することができると思います。
しかし、望遠レンズや天体望遠鏡を使った直焦点撮影を行う場合は、 拡大率が高くなるため、星の流れが目立ってしまいますので、できるだけ正確に極軸を合わせたいところです。 そこで、以下に正確な南天での極軸合わせ方法をまとめました。
赤道儀のスケール
南半球に赤道儀を持ち込む前に、赤道儀の極軸望遠鏡に記載されているスケールが、 南半球対応であるかどうかを確認しておきましょう。
南半球対応の極軸望遠鏡なら、ほとんどの場合、右のような導入スケールが極軸望遠鏡内の視野内に浮かび上がるはずです(右スケールはビクセンSX赤道儀シリーズのものです)。 目盛りが付けられた下側のスケールは北半球用で、左上の台形の形をしたものが南半球での設定用スケールになります。
この極軸望遠鏡の視野内の台形の頂点に、それぞれはちぶんぎ座の4つの星を導入します。 この導入に使われる、はちぶんぎ座の4つの星は、σ星(5.5等)、χ星(5.2等)、τ星(5.6等)、ν星(5.7等)です。 それぞれ5等級と暗いため、肉眼で確認するのは困難ですが、天の南極周辺に明るい星がないので仕方がありません。 南半球対応の極望を使って、極軸を合わせていきましょう。
はちぶんぎ座の台形を見つけよう
極軸望遠鏡を覗く前に、はちぶんぎ座の台形を肉眼で見つけておきましょう。 暗い星が多いので、必要に応じて双眼鏡を使用することをお勧めします。
みなみじゅうじ座を目安にして、おおよそでよいので、天の南極の方向を確認しておきます。 次に、はちぶんぎ座の台形を探したいところですが、いきなり天の南極付近を見ても、 星がたくさん見えすぎて、どれが探している台形かどうかわからないと思います(右は天の南極付近の写真)。
そこで、まずはじめに小マゼラン雲を探してみましょう。 小マゼラン雲は、大マゼラン雲と同じく私たち天の川銀河系の伴銀河です。 星空の綺麗な場所なら、夜空に浮かんだちぎれ雲のような姿がすぐにわかると思います。
小マゼラン雲が見つかったら、小マゼラン雲の右上で輝く、みずへび座のβ星を探します。 みずへび座のβ星は、2.8等級と明るいので、すぐに見つけられるはずです。 そこから天の南極方向に目を移すと、3つの小さな星が固まって輝いているのがわかると思います。 これらははちぶんぎ座のγ星の集まりですが、一つずつは暗い星ながら、3つの星が集まっているので明るく見えます。
はちぶんぎ座の台形は、みずへび座β星と三つの星を結んだ延長線上にあります。 ちょうどみずへび座β星から3つの星までの距離と同じだけ進んだところに台形が位置しています。 下に説明図を載せましたので、こちらを見ていただくと、文章で説明するより分かりやすいと思います。
赤道儀の設置と方向合わせ
はちぶんぎ座の台形を確認できたら、赤道儀をその方向に向けて、極軸合わせに入ります。 しかし、視野が狭い極軸望遠鏡の場合は、天体望遠鏡の取り扱いに慣れていないと、 思っている方向に赤道儀の軸を向けられないかもしれません。 その場合は、極軸望遠鏡の横に円筒等を取り付けて、極望の簡易ファインダーとして使うとよいでしょう。
円い筒はホームセンターで売っているプラスチック製の配管でも、紙製の物でも、何でもかまいません。 赤道儀の極軸望遠鏡の横にテープなどで固定して、極望と同じ方向を指すように昼間の風景で調整しておきます。 これなら視界が広いので、狙った星空を導入しやすくなると思います。
筒ではなく、視界が広い単眼鏡やファインダーを使えば、 肉眼よりも暗い星まで確認できるので、より使いやすいかもしれません。 赤道儀の設置に慣れている方は問題ないかもしれませんが、 南半球での撮影では撮影時間が限られているため、焦ることも多くなります。 海外遠征前に、できるだけ失敗の少ない方法を考えておく方が安心だと思います。
極軸合わせ
はちぶんぎ座の台形が極軸望遠鏡の視野内に入ったら、赤道儀の目盛り環を回して観測日時を合わせ、
赤道儀の高度と方位ネジを動かして、スケール指定の場所に4つの星を移動させます。
※極軸望遠鏡の導入スケールの使い方は赤道儀によって異なります。
はちぶんぎ座の4つの星が、スケール内の台形の頂点と一致すれば、極軸合わせは終了ですが、 同じような明るさの星が多いため、台形が極望の視野内に入っていても混乱することがあります。 そこで、はちぶんぎ座の台形を今一度よく見てみましょう。
上は天の南極付近の写真です。 はちぶんぎ座の台形の中では、σ星という星が天の南極に最も近い星です。 この星をよく観察すると、小さな矢印で示したように、左下方向に星が二つ続いているように見えます。 この星の並びは極軸望遠鏡内で案外と目立ちます。 この二つの星を目安にして、ご自分が見つけた星が、はちぶんぎ座のσ星であることを確認するとよいと思います。 なお、極軸望遠鏡の視野内では、上下左右が逆さまになりますので、その点ご注意ください。
※画像の中の天の南極のマークがずれていましたので修正しました
極軸合わせ後の確認
極軸を合わせられたら、早速南天の星空を撮影したいところですが、 念のため、極軸が正確に合わせられているか確認してみましょう。
赤道儀の追尾状況を見るには、天の赤道付近で輝いている星が適しています。 これは見かけ上、天の赤道付近の星の移動量が最も大きいためです。 オリオン座の三ッ星付近が天の赤道にあたりますので、その近辺の星を視野に入れて、 数分露出で赤道儀任せの追尾で撮影してみます。
赤道儀の追尾精度にもよりますが、極軸が正確に合っていれば、星はほとんど流れずに写っているはずです。 もし星が南北方向に大きくずれて写っている場合は、 極軸がずれている可能性があります。 もう一度、極軸望遠鏡を覗いて、極軸望遠鏡のスケールと星の並びが合っているか確認してみてください。
南半球への機材持ち込み
南天の極軸合わせからは話が逸れますが、南半球へ天体撮影に出かける際に気になるのは、機材の総重量です。 北米路線と違って、オセアニア線は荷物の重量制限に厳しいことで知られています。 撮影に出かける際には、できるだけ軽量かつコンパクトな機材で出かけたいところです。
コンパクトという意味では、ポータブル赤道儀とデジタル一眼レフカメラ、もしくはミラーレスカメラを組み合わせるのがよいのではないでしょうか。 一般的に、ポータブル赤道儀というと広角レンズでの撮影が頭に浮かびますが、 製品の中には高い追尾精度と強度を誇るモデルも登場しています。 このような機材と中望遠レンズを上手く組み合わせれば、南天の主要な天体撮影も楽しめると思います。
また、機材の選定だけでなく、パッキングにも気を配りたいところです。 私の場合、預け入れ荷物の重量を少しでも減らすため、機材の収納にはスーツケースは使わず、 厚手の段ボールに機材を入れて預けています。 見た目は悪いですが、段ボールは衝撃吸収材としても優れているので、 重量を抑えつつ、衝撃による破損もある程度防ぐことができる一石二鳥の方法だと思います。
預け入れ荷物だけでなく、機内への手荷物の制限も厳しいので、普段使用しているテンバ製カメラバックを諦めて、 アマゾン製のカメラバックを使用しました(バッグの写真を撮影機材の便利グッズのページに載せています)。 楽しい反面、いろいろと問題も多い海外遠征ですから、 できる限りの情報を集めつつ、シンプル装備で撮影に挑みたいところですね。