彗星の撮影方法
彗星と言えば、夜空にのびる長大な尾が思い浮かびます。 ほうき星とも呼ばれる彗星は大変美しく、天体写真の中でもとても人気のある被写体です。 そのため大彗星が現れると、多くの人が彗星の撮影に出かけます。
銀塩フィルムが全盛の頃は、彗星の撮影にはある程度の熟練が必要でしたが、 最近のデジタルカメラは性能が良くなったので、彗星の撮影も比較的簡単になりました。 このページでは、デジタル一眼レフカメラを使った彗星の撮影方法を中心に、 彗星の予備知識から実践的な撮影方法まで説明しています。
彗星とは
彗星の本体は核と呼ばれ、よく「汚れた雪玉」と例えられます。 彗星は、太陽系の外側に広がるオールトの雲やカイパーベルトから太陽に向かってくると考えられており、 楕円や放物線などの軌道で太陽の周りを公転します。 彗星は、何年かに一度太陽に近づく周期彗星と、一度近づいたら二度と戻ってこないか、 何万年も見ることが出来ない非周期彗星に分けられます。
周期彗星として有名な彗星には、76年ごとに太陽に近づくハレー彗星(1P/Halley)があります。 ハレー彗星は1986年に回帰して、社会的な天文ブームを巻き起こしました。 次回は2061年に回帰すると考えられています。
彗星は、太陽から遠い位置にあるときは温度が低いために氷のように固まっていますが、太陽に近づくにつれて表面が溶けて蒸発し始めます。 これが彗星の長い尾になり、ほうき星と呼ばれる所以です。 この尾をよく見ると、ダストテイルとイオンテイルに分かれていることがわかります。 ダストテイルは主に塵から構成されているので白っぽく輝き、イオンテイルはイオン化したガスからできているので青く見えます。 なお、彗星の尾は太陽と逆方向に伸びるため、彗星が長大な尾を発生していたとしても、 地球と彗星、太陽の位置によって、地上からは彗星の尾が見えないときがあります。
彗星は暗いものを含めると毎年何個も発見されています。 しかし、肉眼で見えるほど明るくなるものは希で、その中でも長い尾をたなびかせるほど明るくなった彗星は、大彗星と呼ばれます。 最近の大彗星で有名なものとしては、百武彗星、へール・ボップ彗星、マックノート彗星などが挙げられます。
彗星の撮影は情報収集が大切
同じ場所で見えている星雲や銀河とは異なり、彗星は太陽の周りを猛スピードで回っているため、 日に日に位置を変えています。 その中でも明るくなった彗星は太陽の近くで輝くため、夕方の西空や明け方の東空で僅かな時間しか見ることができません。 そこで、いつどの方向で彗星を観測できるのかを事前に調べておくことが重要になります。
現在のようにインターネットが発達していなかった頃は、FAXや郵便で彗星の位置情報を知る必要がありましたが、 今では国立天文台のWebサイトなどを閲覧すれば、彗星の位置情報が簡単に手に入れられます。 明るい彗星が現れたら、そのような天文サイトをチェックして、いつどの位置に彗星が見えるかを確認しておきましょう。
また、アストロアーツ社のステラナビゲーターを始めとする星空シミュレーションソフトには、 彗星の位置データーをダウンロードして、画面上の星空に表示させる機能のあるものがあります。 様々な彗星を効率よく撮影したい場合は、このようなソフトウェアを利用してもよいでしょう。
彗星の撮影は手早くが基本
彗星は太陽に近づくほど明るくなり尾も発達しますので、明るい彗星は太陽の近くで見られることが多くなります。 しかしどれほど明るいといっても、太陽の出ている日中は見ることが出来ません。 従って彗星を観測できるのは、太陽が沈んだ後の夕方の西空、もしくは日の出前の東空になります。 彗星が沈むまで、或いは太陽が出るまでの間しか撮影できませんので、彗星の撮影は手際よく行うことが必要になります。
そうしたことを考慮すると、彗星の撮影にはデジタル一眼レフカメラが最も適していると言えるでしょう。 特に最近のデジタル一眼レフカメラは高感度性能が向上し、僅かな露出時間でも星空を捉えることができるようになりました。
また、彗星は太陽に近づくにつれて移動速度が速くなり、天空上での見かけの動きも大きくなります。 そのため、赤道儀を使って星を追尾していても、動きの速い彗星は流れて写ってしまいます。 例えば、赤道儀を使って長時間露出で彗星を撮影すると、モニターに映し出された写真では、背景の星は点像なのに彗星が流れているということになってしまいます。 このようなことを避けるためにも、できるだけ早いシャッターで撮影することが大切です。 これは、焦点距離の長いレンズを使用して、彗星を大きく拡大して撮影するときに特に重要になります。
なお、上記のように明るい彗星は地平線近くで観測されることが多いので、西や東方向の視界が開けた場所で撮影しなければなりません。 彗星の撮影では、撮影場所の選定も大切なポイントとなります。
大彗星の撮影は尾の長さを考えて
1996年に地球に接近した百武彗星は、30度以上の長い尾を夜空にたなびかせました。 また、2007年に南半球で観測されたマックノート彗星では、40度以上に広がった尾が観測されています。 全ての大彗星が長い尾を持っているとは限りませんが、この長い尾をいかに撮影するかが彗星撮影の最大の魅力でしょう。
彗星の尾の全体を写真に収めようと思えば、この尾の長さを考慮に入れておく必要があります。 どのくらいの長さの尾が出現するかは、現在の予報技術を持ってしても難しいので、 撮影に出かけるときには、焦点距離が異なる何種類かのレンズを持参することをお勧めします。
予報ではそれほど尾は伸びないはずだったのに、現地に着いて空を見上げると長い尾が見えていることがあります。 私自身、ブラッドフィールド彗星の撮影に天体望遠鏡を準備していたところ、東空から長い尾が見えてきて、 慌てて望遠レンズに交換したことがありました。 彗星が明るく輝くのは短い期間です。 天候や月齢も考慮に入れると、撮影チャンスは一度きりかもしれません。 出来る限りの準備をして撮影に臨みましょう。
固定撮影で彗星を撮る
最も簡単な彗星の撮影方法は、広角レンズを付けたデジタル一眼レフカメラをカメラ三脚に固定して撮影する固定撮影です。 固定撮影は簡単だから美しくないということではなく、彗星と風景を印象的に撮影することができます。
撮影の方法自体は、星空の固定撮影方法とほぼ同じです。 彗星の尾は淡いことが多いので、できればF値の明るめのレンズを用意しておく方がよいでしょう。 また、シャッターブレを防ぐためにレリーズを用意しておきましょう。
写真の構図は、夜空だけではなく、画面の下に地上風景も入れた方が印象的な彗星の星景写真になるでしょう。 撮影場所の様子や、彗星が地球に到来した時代のシンボル的なものを一緒に写真に写し込むと、 より思い出深い写真に仕上がると思います。
彗星は上記のように明け方や夕方の空に見えることが多いので、露出時間の決定が難しくなります。 カメラの自動露出機能に頼ると背景が明るくなりすぎ、彗星がかき消されてしまうことがあるので、 マニュアル露出で撮影する必要があります。 できれば何枚か段階露出して、最適な露出時間を割り出しましょう。
固定撮影方法なら赤道儀などの専用機械がなくても彗星を撮影できますので、明るい彗星が現れたら、 デジタル一眼レフカメラを使って是非彗星の写真にチャレンジしてみてください。
追尾撮影で彗星を撮る
青緑色に輝く彗星を画面一杯に捉えたいと思ったら、望遠レンズを使って彗星を撮影しましょう。 彗星を拡大して撮影するため、星の動きを追尾する赤道儀が必要になりますが、 より迫力ある姿を捉えることができます。
赤道儀を使った彗星の撮影は、星空の追尾撮影と同じ機材で可能ですが、 できればF値が明るい望遠レンズを用意しておきたいところです。 広角レンズや標準レンズを使わないと収められないほどの長い尾を伸ばす大彗星が現れることは希なので、 通常は35ミリ判で100〜300ミリ程度の望遠レンズが適しています。 中でも明るいレンズの多い中望遠クラスのレンズが彗星撮影に向いていると思います。 最近ではズームレンズの性能も向上していますので、70-200mm前後のズームレンズでもよいでしょう。
望遠レンズを使った彗星の追尾撮影では、できるだけ短い露出時間で撮影することが重要になります。 これは、拡大すると彗星の固有運動量が写真上により反映されやすくなるためで、特に太陽に接近した彗星を撮ると、 数分の露出でも彗星がブレて写ってしまいます。 デジタル一眼レフカメラのISO感度はノイズが気にならない程度まで高くし、 レンズのF値も開放近くで撮影するようにしましょう。
天体望遠鏡で彗星を撮る
さらに彗星を拡大して撮影したい場合は、天体望遠鏡の直焦点撮影で彗星を撮るとよいでしょう。 彗星の核のクローズアップ写真を撮りたいときや、暗い彗星を狙いたいときにこの撮影方法が適しています。 写野が狭くなるので、長く伸びた尾を捉えたいときには、この撮影方法は向かないでしょう。
天体望遠鏡を使うと、望遠レンズよりさらに彗星が拡大されるため、写真上での彗星の移動量が一層大きくなります。 そのため、彗星の固有運動量が大きい場合には、さらに短い露出時間で撮影することが必要です。
この撮影方法の利点は、彗星の核の様子や尾のディテールを捉えることができる点です。 上の写真は2006年に地球に接近したポイマンスキー彗星を、焦点距離1200ミリの反射望遠鏡を使って撮影したものです。 望遠レンズでは捉えきれなかった、核から伸びる尾のディテールを表現できました。
観測写真としての彗星
私は主に観賞用として彗星の写真を撮影していますが、彗星の写真は天文学の見地からも大きな意味を持っています。 例えば、1986年にハレー彗星が回帰した際、世界中の天文ファンが撮影したハレー彗星の写真から彗星の尾の変化が調査され、 その結果が太陽風の活動の研究等に利用されました。
彗星観測の観点から考えると、継続撮影が大切になります。 彗星は光度や尾の形状、長さが日々変化するので、それを写真として記録するのです。 現在のデジタル一眼レフカメラは感度が高く、フィルムのように現像を必要としないため、 継続撮影に便利です。 興味を惹かれる彗星を見つけたら、継続的に撮影して変化を追ってみるのも楽しいでしょう。
赤道儀の追尾方法による分類
彗星の観測写真では、いかに彗星を正確に追尾して、彗星のコマ(彗星の核の周りに広がるガス)や尾の形の変化を捉えられるかに焦点が当てられてきました。 そこで、これまでに様々な彗星の追尾方法が考案されてきました。 少し専門的な内容になるかもしれませんが、以下にその代表的な方法を示します。
メトカーフ撮影法
メトカーフ撮影方法とは、彗星自身の固有運動量を事前に計算し、 その移動量の分だけ赤道儀の赤経・赤緯モーターを追加で動かして撮影する方法です。 以前はコメットトラッカーと呼ばれる専用装置が発売されており、彗星を撮影するときにはこのメトカーフ法がよく使われていました。
メトカーフ法のメリットは、彗星の固有の動きを赤道儀が追い続けるので、 彗星の核をブレずに写真に収めることができる点です。 しかし赤道儀の両軸が動くため、写野が回転してしまうデメリットがあります。 また、背景の星が流れて写ってしまうという問題もあります。
赤道儀によっては、彗星軌道要素を入力しておけば、彗星を追尾する「彗星追尾モード」が使用できる製品もあります。 例えば、ビクセン社のスターブックTENコントローラーには、パソコン上で登録した彗星軌道データーをコントローラーに送信する機能があります。 メトカーフ法で撮影を行いたい場合には、このような機能を使うと便利だと思います。
彗星核追尾
彗星核追尾とは、ガイド鏡の視野内に彗星の核を捉え、その彗星の核を直接ガイドする方法です。 感度の高いオートガイダーの普及とともに、彗星の撮影方法として主流になってきました。
彗星の核自体を追尾するため、この方法でもメトカーフ法と同じように、彗星をブレずに写真におさめることができます。 但し、追尾する彗星の核がある程度明るくないとガイド自体が難しくなります。 彗星の核は恒星と違ってボーッとした形であることが多いため、彗星によってはガイドエラーを頻発することもあります。 撮影する彗星の明るさや形状に左右される撮影方法と言えるでしょう。
画像処理でメトカーフ法
現在はデジタル一眼レフカメラの高感度性能が向上し、彗星の動きが目立たない程度の短時間で撮影できるようになりました。 そこで、彗星は恒星時追尾で撮影し、パソコンでの画像処理の際に彗星の固有運動量分だけずらしてコンポジットする「メトカーフコンポジット法」が現在よく使われています。
この方法を使えば、メトカーフ追尾で撮影した場合と同様に背景の星は流れますが、彗星は流れずに表現することができます。 具体的には、連続撮影したデジタル一眼レフカメラの画像をパソコン上で開きます。 その連続撮影した時間の彗星の移動量を、星空シミュレーションソフトなどを使って求め、 その数値をメトカーフコンポジットに対応したソフトウェアに入力し、実行しますます。
このコンポジット方法が実装されている画像処理ソフトとしては、アストロアーツ社のステライメージが有名です。 このステライメージ上でメトカーフコンポジットを選ぶと、右画像のようなダイアログが表示され、 単位時間当たりの赤緯、赤経の移動量を入力する画面が表示されます。 これを入力してコンポジットを行うと、メトカーフ法でコンポジットが行われます。
彗星と人々
彗星は英語では「コメット(comet)」と言いますが、これの語源はギリシア語で「長い毛を持った星」という意味です。 古代の人は、この長い尾を棚引かせる彗星を大災害や戦争が起こる前兆として考えていて、その出現を恐れていました。 現在のように、彗星を夜空で輝く魅力的な天体とは見ていなかったようです。
望遠鏡が発明されて彗星の観測が行われるようになってからも、彗星の到来は社会に混乱をもたらすことがありました。 中でも有名なものは、ハレー彗星が1910年に回帰したときの社会混乱です。
1910年のハレー彗星の回帰は条件が良く、地球からハレー彗星の長い尾を観測することが出来ました。 しかし、地球がハレー彗星の尾の中に位置してしまうので、地球に毒ガスが充満したり空気がなくなるという噂が広まりました。 それに対処するため、人々は自転車のチューブなどを買い求めたり、自暴自棄になってしまう人も出現して社会は混乱してしまいました。
現在では、彗星は太陽系創始期の姿を知る上で重要な天体であると考えられていて、盛んに研究がされています。 また、彗星が放出した粒子が地球の引力にひかれて落ちてくると、流星群になることも知られています。 私たちの目を楽しませてくれる長い尾を持つ彗星は、天文ファンにはなくてはならない天体になっています。
ビクセンポラリエ株式会社ビクセンが2011年に発売開始したポータブル赤道儀が「ポラリエ」です。 発売開始と共にヒット商品となり、一時は望遠鏡販売店の在庫が払拭したほどです。 明るい彗星は太陽の近くで輝くことが多いため、撮影は時間との勝負になります。 こういう時、持ち運びが容易で、さっと組み立てられるポータブル赤道儀は大変便利です。 もちろん、彗星の撮影以外にも使用できるので、星空の撮影を楽しむことが出来ます。 |
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